「ゴールデンスランバー」  伊坂幸太郎

流行りものは流行ってるときに読まないと意味ないのではないか、とは思いつつも読んでみた。ちなみに「オーデュボンの祈り」と「死神の精度」はいまだ積ん読中。

巨悪と一人孤独に闘う一般市民。この設定だけで燃えるけれど、それよりも自陣があまりに貧弱すぎてとにかく逃げることに徹する、いかに上手く逃げ切るかに知恵を絞る、という展開もなぜか燃える。なぜ燃えるか。いかにも強大な敵を前に自分の工夫ひとつで対等に立ち向かえるといういわゆる「ジャイアントキリング」的な展開だろうか、あるいは逆境の中でもあきらめない主人公の勇敢さだろうか。

本作だと首相暗殺の容疑がかけられた中での逃走劇となっているので、「お上」の理不尽さ、マスコミの無責任さ、一般大衆の残酷さがまずストーリーに一味加える要素となっている。けれど、主人公サイドを追い込む要素は、こういったストーリーだとちょっとした味付けに留めておく方が、主人公と協力者との瀬戸際での関係性が目立ってくれていいようである。つまり知恵や機転以外にも仲間との結束をもって悪と対峙するという構図が、である。

昨今のエンタメ小説は主人公を再起不能間近まで追い込んでからの、逆転勝利に重きを置き過ぎていたのかもしれない。正義は必ず勝つ、という前提が無意識的に頭にこびりついてしまって、エンディングで打ちのめされる敵サイドに同情してしまうという展開も多いのだ。

主人公は常に窮地に立っているけれど、その場その場で旧友たちとの回想が入り、これからの展開にわずかながらの希望が消えない進行となっている点が、大きく違っているように感じた。

そして彼らはいかに逆境から這い上がっていくのか。いやそもそも主人公は逆境にいながらも、周囲にはみえない味方が大勢いてくれている様子が読者には知られている。だから一発逆転のシナリオ展開を想像するのではなく、終始前へ前へと戦い続ける主人公サイドに共感しつつエールを送る読み方ができたのではないだろうか。

ゴールデンスランバー (新潮文庫)