映画「ペタル ダンス」

映画「ペタル ダンス」鑑賞

大学の友人のミキが自殺未遂を図ったと知ったジンコは、同じく友人のモトコとたまたま知り合った原木と3人でミキに会いに行く。6年ぶりに会うということと、自殺をしようとするほどの境遇にあった友人にどう声をかければいいのかとまどう複雑な感情を終始描いている。

映像はとてもカット数が少なく場面の移り変わりもゆっくりだ。真冬の薄暗い舞台で寡黙な女性ばかりが登場するので、自然とその時間の推移もゆっくりに感じる。作品中、3人以上の会話が行われることはほとんどなかった。いつも2人間の質問とそれの答えという構図になっている。けれどその会話ですっきりした答えが導かれることはないので、観客は彼女らの感情を探ろうとさせられる。

映画の冒頭でモトコはジンコに聞いている。「なんでミキに会いに行くの?」 ジンコは何年たってもミキは変わらないと答える。しかし病院でミキに会ったジンコは会いに来たことが本当によかったのか分らないでいる。こんな感じですべてのやりとりが人物のなかでも消化しきれずに、作品としても結末に結びついていかない。

 

男女とか世代とか関わらずみんな悩みを持って生きてるよね~みたいな表現をよくみかけるような気がする。でもボクは実際のところそんなにみんな普段から何かに思いを巡らせたり、葛藤してたりしないんじゃないかと思っている。まあその都度考えたりはするんやけど結局自分の中でも解決出来ないまま、なんやかんや忘れてしまったり、思考として成熟させられなかったりするんじゃないやろうか。友だちならなんでも分かるとかも嘘だから、ぎくしゃくしたやり取りも不自然なんだけどそういうこともあるよねと思える。「私たちは会えてよかったかもしれないけどミキは」ってモトコがジンコに聞く場面があって、ジンコは「ミキもたぶん誰かに・・・どうなんだろ。うん。どんだろうね、、、」って濁すんやけど、そんなすっきりできない感じが表現されていてよかったと思った。

最後の場面でジンコに男友だちから電話がかかってきて告白されて彼氏ができました。めでたしめでたし

 

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